だれもやっていないことだから挑戦する-サーキットのナイター照明

 あらゆる電気工事をやってきましたが、一つだけどうしても忘れられない工事があります。サーキットのナイター照明工事です。
 1980年代当時は、空前のサーキットブーム。昼間だけの利用では追いつかないと、ナイター利用の計画が持ち上がり、サーキットの利用者側の代表からナイター設備工事の話が来たのです。

 たしかに電気工事をしていましたが、サーキットのナイター設備はまったく未知の世界。一応断ったのですが、「現場だけでも見に行こう」と誘いに来ました。
 再び私は「やったことがないので...」と言ったところ、
 「当たり前だ。サーキットのナイター設備はどこにもない。やった人がいるわけない」
 そう言われた私は、誰もやっていない、新しいことをやらせてくれる機会をいただけるなんてむしろありがたいことだと思い、現場に行くことにしました。
 生まれて初めて見たサーキットは、とにかく広くて、うるさいものでした。
 実はこの仕事、以前からサーキットに関わっている業者とのコンペだったことを知ったのは、仕事が決まってからのことでした。

 照明器具メーカーの協力を得て、私は現地調査を行ないました。前例がないわけですから、参考文献も何もない、まったく白紙の状態からの挑戦です。私はとにかく、走る人の立場、目線になって考えることを心掛けました。

私が設計する上で念頭においたのは、次の三点です。
①光源は、照射距離の範囲もあるが、高いほど良い(提案した高さは23m)。
②コースの進行方向は一定なので、背面の上部から照らすべき。
③霧や霧雨のときを考えると、透過率の良い高圧ナトリウムランプがベスト。

 なにもかもが初めてです。配線経路や施工方法を考えるのもたいへんでした。
 コンペの結果、23mの高さからの照射というアイディアと、予算の範囲内で実現できるという点が決め手となり、仕事が決まりました。ちなみにコンペの相手は背の高い街路灯で提案していたそうです。

 実際の施工では、走路の照度を均一にするのに苦労しました。しかも当時まだ四四歳と若かったこともあり、夜中までコースを歩き回って、すべての場所を照度測定して仕上げました。現在、木材乾燥をしているときに、重量、含水率を細かく測定してすべて記録を取るのですが、このときの経験と比較すれば、実に楽なものです。

 設置完了してすぐに行われた8月の「九時間耐久ナイターレース」では、実際に走ったドライバーたちの「満足した」というコメントがオートスポーツ専門誌に掲載されました。それを目にしたときは、苦労した甲斐があったと喜びました。そしてなによりも、初めてのナイター耐久レースで事故がなかったことが一番うれしかったです。この施設は、照明学会より「1985年照明普及賞」として表彰されました。

 誰もやったことがないから挑戦する。
 相手の立場になって考える。
 使う側の目線に立つことが大切だと知らされた。
 「愛工房」の開発においても、私は結局、同じ考え方で臨んでいました。ガンコ者の性と言われればそれまでですが、私自身は「愛工房」という湖に流れ込む一本一本の川の存在を発見した気持ちでいます。

『樹と人に無駄な年輪はなかった
第6章 P.245より