世論時報8月号 生きた杉で建てた「子供の学び家」~山口県山口市~

生きた杉で建てた「子供の学び家」~山口県山口市~
ここから始まる木造都市の夜明け

山のようちえん 森のようちえん

 生きた杉をふんだんにっ使ったすごい幼稚園が出来たと聞き、一路、山口県に向かった。JR新山口駅で下車し、徒歩10分ほど歩くと、街を一望できる高台に着く。そこに、真新しくかわいらしい、木造の建物達が群れをなして立っていた。

 

 

 入口に掲げられている看板を見ると、「山のようちえん」とだけ書かれている。インターホンを鳴らして、中に通してもらい、まず目に飛び込んできたのが、木材をこれでもかと使った木の部屋だ。そこで、子ども達が、積み木や電車のおもちゃで夢中に遊んでいる。

 その部屋からは、何とも言えない木の優しくて密度の濃い良い香りが立ち込める。子ども達がとても楽しそうなのは勿論だが、ただ楽しそうなだけでなく、どの子も穏やかな表情に見えたのが印象的だった。

 部屋の壮観さと、子ども達の様子に見とれていると、園長の片山耕修氏が温かく出迎えてくれた。

 「立派な建物ですね!」と言うと、「建物は立派でも、そこを管理する人間は立派ではなくてね」と微笑むその様子に、片山氏の人柄が感じられた。

 片山氏が園長を務める小郡幼稚園は、筆者が取材に訪れた5日前に竣工式を終えたばかりの真新しい「山のようちえん」と、そこからほど近い市街地にある「森のようちえん」の二つのキャンパスがある。

 森のようちえんは、小郡幼稚園の発祥地であり、園庭には先代の園長が植えた木々が生い茂り、全体の80%は木陰に覆われ、夏場は特に涼しく過ごしやすかった。

 しかし、市街地のため、土地が狭く子ども達の遊ぶスペースや、駐車場の問題などが常に課題だったという。そこで良い土地があればと探していたところ、今の土地が見つかった。

 新キャンパス建築の計画が進み始めた2017年、東京で開催された千島学説の勉強会で、片山氏は伊藤氏と運命的な出会いを果たす。低温乾燥させた杉材に大きな可能性を感じた片山氏は、その二カ月後、東京のアイ・ケイ・ケイ株式会社を訪ね、愛工房で乾燥させた杉の魅力を直接体験し、確信を持つ。

 ここから、現代における木造建築の、新たな可能性を拓く幼稚園づくりが本格的に始まって行った。

命の畑と秘密の田んぼ

 片山氏の、教育に対するどのような考えが元となって、このような木造建築の校舎が作られたのかを伺った。

「幼児教育は人間教育の基礎を培う大切な時期と言われていますが、実際は教育問題として扱われるのは小学校以降の教育です。幼稚園、保育園の間は、とにかく怪我をしないように、親も安心して預けられる場所であることが求められ、待機児童が何人いるかばかりが注目されていますが、肝心の教育の質に関して関心が持たれません。幼児教育の本質を一言で言うと『遊び』です。砂場と水があれば、子ども達は大喜びで遊びます。植物が育つのと同じで、お日様があり、風があり、そして、水と土があれば、しっかり命は育って行きます。自然に囲まれて、五感で自然を感じて欲しい。そういうことを心掛けた教育をしています」

 その言葉通り、敷地面積約3千坪の空間の中心には、子ども達が目いっぱい遊べる広々とした園庭が配置されている。そして、子ども達を見守るように、教室や事務室などの建物が、園庭の周りを囲む形で配置されている。

 

 五感を通して自然を感じられる場所は、園庭だけではない。片山氏が「ここがうちの園の命です」と言って紹介してくれた場所は、畑だった。「子どもは畑仕事が大好きです。毎朝、『畑仕事ありますかー?』と聞いてきます」

 子ども達が自分達で育てた野菜は、収穫後、給食のおかずとなって、子ども達自身に食べてもらうようにするという。それも、園内に植えた木の落ち葉や雑草などを集めて堆肥作りも並行して行なうという本格ぶりだ。

 畑だけではない。次に片山氏が「私の秘密の場所です」と言って連れて行ってくれたのは、なんと田んぼ。全ての土地を有効に活用したいとの思いから、教室裏の斜面を利用して棚田を作ったとのこと。水は地下水を利用している。

 「田植え歌を歌いながら苗を植える子ども達の姿を見て、ジーンときましたね」と片山氏。園長先生がこの場所に来ると、それを見つけた子ども達がたくさん駆け寄ってくるという。

子どものために木を使おう

 そして、山のようちえん最大のポイントは、何と言っても、地元山口の原木を3千本以上使い、そのほとんどを低温乾燥機で生きたまま乾燥させてできた杉材で建てた校舎である。

 全部で13棟ある教室を4区画に分け、それぞれ、光の棟、風の棟、水の棟、土の棟と呼称している。かつての日本人は『1,2,3,4』を『ひ、ふ、み、よ』と数えていたが、それは「光、風、水、土」のことを指していた。

 その中の一部屋に入ってみると、壁から天井まで全て木材が使用されている。特に壁に注目すると、12cm×18cmの一本一本が柱になり得る立派な角材を縦に並べることで柱壁が作られていた。この構法は『縦ログ』と呼ばれ、耐震性にも、防火性にも優れている。

 「通常のログハウスは、木材を横にして重ねて行きますが、これは縦に並べて行っています。木はもともと、立って生きています。なるべく木が自然の状態でいられるようにと考えられました」と片山氏。

 木材の伐採地にもこだわりがある。今回使用した木材のほとんどは、山口県の徳地という地域に集められた県産杉だ。この徳地の杉は、鎌倉時代に、戦乱で焼失した奈良の東大寺を再建する際に使われた杉である。その徳地で集積された丸太杉が製材された低温乾燥機の愛工房に運ばれた。子ども達の住まいが新たな徳地杉の生き場所となった。

 片山氏は、「小学生以上になれば、鉄筋コンクリートの校舎でも構わないのです」と話す。しかし、感受性が豊かな、幼児期の子ども達には、どうしても、木のぬくもりや、木の匂いの中で育って欲しかった。

 「木にはすごい力があるということは、もう皆知っているのです。文部科学省は以前から、文教施設をつくる際は木造建築を推奨したり、木造住宅は子どもの成長にとっても良いと発信してきました。多くの人は、今度家を建てる時は木で建てようと思うのですが、なかなか実行されません。それには予算や手続きや色々な問題があると思いますが、子どもにとって良いことが分かっているなら、木を使おうよ!

 というのが、私がこの山のようちえんを建てた理由の全てです。それだけです」

 子どもが幸せになることをなぜ大人がやろうとしないのか。終始、穏やかに話を聞かせてくれた片山氏が、その思いを語る時だけは、口調に熱がこもった。

 山のようちえんには、木造建築関係者の視察予定が今から入り始めているという。

 「ウチが作れたのだから、この幼稚園を参考にして、後に続く人達が出て来て欲しいです。後に続いてもらわないと、苦労して作った意味がありませんよ」生きた木が持つ力に、体感で気付く人が確実に増えてきている。木造都市の夜明けが、全ての命の源である山の口・山口の地から始まっている。

 

「山のようちえん」ギャラリー