世論時報7月号 呼吸する住宅はウィルスを抑制する ~千葉県鴨川市~

建築産業は健康産業にならなければいけない
呼吸する住宅はウィルスを抑制する

これまでの常識を覆す木材乾燥装置

 平成31年2月号特集「森林大国の可能性」は、多数の読者から好評を頂いた。

 中でも常識を覆す木材乾燥装置「愛工房」を開発した伊藤好則氏(以下、伊藤氏)を紹介した記事に対して、「敬服した」「これはすごい」「感銘を受けた」との感想が寄せられた。

 木材乾燥装置「愛工房」の大きな特徴を簡潔に言うと、「45°Cの低温」と、「多湿」であることの2点だ。

 伊藤氏は、木が木の生命を損なわず、水分を出す最適な温度が45°Cであることに辿り着く。さらに、人は湿度が高いほど発汗が促されるので、木が放出する水分を活用し、湿度を高め、庫内の水蒸気量は制御装置で管理することにした。

 これは、木も人と同様の「生き物」だと考える伊藤氏が、木の声を聴きながら辿り着いた答えだ。しかし、現在の木材乾燥はこの真逆である。100°C前後の高温と、除湿した環境下で、短時間で一気に乾燥させる効率を優先した方法が主流となっている。それでは「木が死んでしまう」と伊藤氏は指摘する。

 「愛工房」で乾燥させた木材は、酵素をはじめとした油成分が生きているため、光沢があり、カビが生えず、虫にも食われず、香り高く、水をはじく。まさしく生きた木だ。

 この愛工房で乾燥させた木材を使って、住居やオフィスを作りたいとの要望は後を絶たない。

 今回取材に訪れたのは、千葉県鴨川市。創業1906年の観光土産食品製造・販売の事務所兼倉庫、そして社長の終の棲家を、愛工房の木材を使って建設中とのことだった。

 代表取締役社長の末吉晃一氏(以下、末吉氏)に、なぜそもそも二つの建物を建てることになったのか、そしてなぜ愛工房の木材を使おうと思ったのかを尋ねた。

 「今の事務所や倉庫は、海から至近の海抜0メートルに近い地点にあります。東日本大震災で津波の恐怖を目の当たりにしました。この地域は、たまたま直近の70~80年は無事でしたが、いざという時のためにも、事務所と倉庫のバックアップオフィスをも作っておかなければいけないなと。愛工房の素晴らしさは、かねてから船瀬俊介氏の講演会や著書『奇跡の杉』を読んで知っていたので、是非この機会に、愛工房の木材で作りたいと思いました」

 当初は、事務所兼倉庫のみを建設する予定だった。しかし、移転先の地主さんとの交渉の結果、田んぼを造成した土地に建物を建てざるを得なくなった。手続き上、農地を宅地へと転用するには、いくつものルールがある。その一つが、元の農地面積に対して22%以上の建物を建てなければいけない通称「22%ルール」だ。

 事務所と倉庫だけでは、元の土地に対して22%に達しないため、末吉社長は悩んだ結果、事務所の隣に終の棲家を作ることにした。

 それらの工事を依頼すべく、長年会社同士の付き合いを続けてきた建築会社(株式会社サン建築総合事務所)に相談すると、同社の島田誠一会長(以下、島田氏)は、末吉氏が愛工房の存在を知る以前から、愛工房の可能性に注目していた人物だった。

ウィルスは生きた木とは共生できない

 島田氏は、40年間に亘って住宅の設計や施工を手掛けてきたが、設計に関する法律などがどんどんハウスメーカーや新建材メーカーに有利なように変わって行く様子を直に体感し、建築業界に不信感や危機感を覚えていた。その思いを解決するために、いくつもの建築関係セミナーに通って、勉強を続けていた中で伊藤氏と出会い、その話を聞き、愛工房の存在を知ることで、自分の思いが間違っていなかったことを確信したという。

 愛工房の生みの親である伊藤氏は、愛工房や愛工房で乾燥させた木材を宣伝することを好まない。それは、「本物であれば売り込む必要もないし、広告を出す必要もありません。その良さを実感した消費者が知り合いに勧めてくれるので、自然と拡がって行きます」との信念があるからだ。宣伝をしないため、当然、限られた人しか愛工房の存在を知らない。今回のように、依頼人(施主)と請負人(建設会社)の両者が、元々愛工房に注目していたというケースは極めて稀だった。

 しかし、順調に計画が進んでいた最中に、新型コロナウィルスの猛威が世界を襲った。観光土産食品の製造・販売を手掛ける株式会社亀屋本店の売り上げは、ほぼゼロに近い状態まで落ち込んだ。

 末吉氏は、当初、建物の全てに愛工房の木材を使用する予定だったが、予算を少しでも抑えるため、削れる部分を削る覚悟をしなければならなかった。

 その思いを島田氏に伝えた。株式会社サン建築設計事務所の小原正博社長(以下、小原氏)よりその旨が伊藤氏に伝えられる。伊藤氏は、会社の石原正博氏と直ぐに鴨川へ赴き、末吉氏、島田氏、小原氏と会談を持ち、製材所では既に資材の準備が進んでいる状況を説明し、末吉氏にこう言った。

 「社長、この建物は呼吸する建物ですよ。これからはウィルスとの共生が求められる時代です。『生きたスギ、ヒノキ』はウィルスの不活化、感染を抑制する力があることが実証されています。人々も本物の高級住宅は『呼吸住宅』であることに気づく時代になります。人間の生命にとって一番大切なのは呼吸です。つまり、一番大切なのは安全な空気です。これは商品にとっても同じです。建物は命を守るための建物でなければなりません。呼吸する家は、100年、200年持ちます」と訴え、同時に、材料費が安くなる方法も提案した。

 伊藤氏の提案に納得した末吉氏は、当初の予定通り、構造材、仕上げ材に使う木材の全てを、愛工房で乾燥した木材を使うことを決めた。

化学的な材料が一つも使われていない家

現在、国が定める建物の耐用年数は、木造は22年、鉄筋コンクリートは47年とされている。木造の耐用年数の短さには驚くばかりだ。

 昔ながらの日本の建物は、100年、200年持つのは当然だった。現に、東大寺の大仏殿や法隆寺などは1000年以上持っている。それは、丁寧にじっくりと自然乾燥させた生きたままの木を使っているからだ。しかし、効率化を優先するため、少しでも早く木材を乾燥させようと、100°Cの高温で乾燥させ、死んでしまった木材を使って建てた家は、白アリに食べられ、ダニや菌にやられ、わずか20年ほどしか持たない。

 家が長く持たないことは、家主にとっては不幸だが、ハウスメーカーにとっては幸せなことだ。ハウスメーカーは家を建てないと儲からないからだ。家を建ててもらうには、今住んでいる家が劣化してもらわなければいけない。建築業界では、「住宅ローンを返済し終えた頃には、建て替え時期になっている」とも言われるようだ。

 「命を守るための家をつくるのが建築産業の本当の姿です。建築産業は健康産業になるべきなのに、今は真逆の非健康産業になってしまっています。住む人達を幸せにする安全な建材を使った現場では、仕事をしている人達も幸せになります。人を不幸にすることが分かっていながら、金儲けをしているとすれば、自分自身も不幸になります。建築産業で働く人達のためにも、住む人達のためにも『建築産業が健康産業』になること、これが私の願いです」と伊藤氏は語る。

 完成間近の事務所に入らせてもらうと、木の良い香りが漂う。最近の建物は、外壁は勿論、内壁にもペンキや防腐剤が塗装されることが当たり前だと言う。しかし、この建物には何も塗られていない。そればかりか、この建物には、科学的な材料が一つも使われていない。これは現代建築の常識から言ってもあり得ないことだそうだ。

 伊藤氏の口癖に、「経済優先から命優先へ」との言葉がある。新型コロナウィルスの蔓延による被害は甚大であったことは間違いないが、これを契機にして、戦後の日本社会が歩んできた経済や効率化を優先する価値観から、自分も他人も含めた、人の命を優先する価値観へと変わって行きそうな予感を、愛工房が拡まって行くことで感じられる。

立川秀明(世論時報記者)