世論時報8月号 生きた杉でリフォームした「高齢者の住まい」~栃木県宇都宮市~

生きた杉でリフォームした「高齢者の住まい」 ~栃木県宇都宮市~
夜間の徘徊者がいなくなったケアハウス

生きた杉はきっと消毒液に負けない

 宇都宮駅から、車で20分ほどの場所に、ケアハウスとグループホームの「エバーグリーンみずほの」はある。2006年にオープンした全50床のケアハウスは、10年余りが経過し、ところどころ劣化が進み、リフォームを検討しなければいけない時期になった。

 生沼氏は、環境問題に興味ががり、ある時、環境ジャーナリストの船瀬俊介氏の著書『奇跡の杉』を読み、低温乾燥させた杉の存在を知った。生きた杉の可能性にほれ込み、是非とも良い空気の中で入居者さん達に過ごしてもらいたいとの思いで、愛工房で乾燥させた杉を使ってリフォームを手掛けることを決意した。

 しかし、生きた杉を使おうと決めてからが大変だった。まず、他の建材よりも予算が割高になることに対して、経営陣は猛反対。また、施工を依頼する業者も「今まで、生きた木など扱った経験がない」と及び腰。通常、施工業者は、木材と言えば、高温で乾燥させたKD材しか使ったことがないのが当たり前だという。

 低温で乾燥させた生きた木は、吸湿能力があるため、施工を終えた後も、収縮したり膨張したりする。一般的なKD材と同じように施工すると、ゆがみが生じることもあり、クレームの対象になりやすいので、生きた木を使うことを業者はどうしても敬遠したがる。

 さらに、施設内は、次亜塩素酸やエタノールを使って消毒を施すことが法律で義務付けられているが、一般的に、木材は消毒液との相性が悪く、木材が消毒液に負けて劣化してしまうのではと言われてきた。それを理由に、「もし無垢材でリフォームすると言うなら辞めさせてもらう」と言い出す職員もいた。

 しかし、生沼氏は「生きた杉は消毒液に負けてしまうほど弱くない」と考え、それを証明するために、自ら消毒液を愛工房で乾燥させた杉材に塗布する実験を行い、その変化を観察したが、杉材に劣化などの影響が見られないことが確認できた。

洗浄液でできたシミを元に戻す生きた木の力

 生沼氏の必死の努力もあり、周囲も生きた杉への理解が拡まり、ようやくリフォームを開始し、最初に手掛けた厨房の休憩室を杉材で仕上げて間もなく、とある事件が起きた。

 毎年、エアコンの洗浄を業者に委託していたが、エアコンに吹きかけた洗浄液がリフォームしたばかりの真新しい杉の床材に落ち、その部分がまっ黒に焼けて変色した。

 洗浄業者もリフォーム業者も大慌てで、水や酢を使って懸命に拭きとったが変色は取れず、杉材の張り替えなどを考えながらしばらく放置していたところ、一ヶ月もしない内に、みるみるとその変色が消えて行った。木の酵素が洗浄液を分解し、きれいな細胞に生まれ変わったのだ。

 「木が生きているので、自分で自分の体を元に戻す力があることを、図らずも証明してくれたのです。同時に、今まで、当り前のように使っていた洗浄液が、どれだけ自然のものに悪影響を及ぼすか、生きた木がその身をもって教えてくれました」と、伊藤氏は語る。

 そして最も驚くべき効果は、リフォームを始め出すと、高齢の入居者で、それまでは夜なかなか眠れずに徘徊を繰り返していた方が、夜眠れるようになり徘徊をしなくなったという。天然の木材には、リラックス効果や睡眠の質の向上効果があることは、近年の実験でも証明されているが、目に見えた変化が現れ、生沼氏も驚いたと言う。

 リフォーム後の部屋を見た入居者さんは、木がふんだんに使われいる部屋に驚き、「昔のお金持ちの家はこういう感じだった。

 こんな部屋に住めるとは思わなかった」と喜んでいるという。人生の晩年期を、生きた木に囲まれた環境で過ごせることは、得難い幸せである。